近年、美術館や博物館といった文化施設では「DX（デジタルトランスフォーメーション）」が重要なテーマとなっています。社会全体でデジタル化が進み、利用者はスマートフォンによる予約やオンラインでの情報収集を当たり前に求めるようになりました。

一方で、美術館は人手不足や収益確保、資料保存といった課題を抱えており、その解決策としてデジタル技術の活用が期待されています。

本記事では、美術館DXとは何か、その背景やメリット、実際の事例や進め方を整理して解説します。さらに、最初の一歩として効果を発揮しやすい「チケット販売のデジタル化」についても紹介します。

これからDXを検討する学芸員や事務局スタッフ、自治体関係者の方にとって、具体的なヒントとなる内容です。

美術館DXとは

美術館DXとは、美術館や博物館といった文化施設の運営やサービス提供にデジタル技術を取り入れることで、業務効率化や来館者の体験価値向上を目指す取り組みを指します。単に紙の資料をデジタル化するだけでなく、予約・チケットシステムの導入、VRやオンライン展覧会の開催、データ分析による企画改善など、幅広い分野においてDXは活用されています。

近年は文化施設を取り巻く環境が大きく変化しており、来館者数の減少や人手不足、資料保存の課題など、従来の運営スタイルだけでは対応しきれない状況が増えています。こうした課題に対して、デジタル技術を活用することで持続可能な美術館運営を実現しようとする動きが「美術館DX」として注目されているのです。

美術館でDXが注目される背景

美術館におけるDXは、単なる流行ではなく、社会的な要請や制度的な後押しを背景に広がっています。来館者の行動様式や期待が変化するなかで、文化政策や法改正もデジタル化を推進する方向に動いており、美術館が取り組む意義はますます大きくなっています。

ここでは、なぜ今DXが注目されているのか、その背景を整理します。

社会全体のデジタル化と利用者ニーズの変化

社会全体でデジタル化が進むなか、美術館や博物館の利用者もスマートフォンやオンラインサービスを前提とした行動が当たり前になっています。チケット予約や決済をインターネットで完結させたい、館内でデジタルガイドを利用したい、SNSで体験を共有したいといったニーズは年々高まっています。

これらの期待に応えるためにも、美術館はデジタル技術を積極的に取り入れる必要があります。

博物館法改正によるDX推進の位置づけ

2023年の博物館法改正では、博物館の機能強化や地域文化の発展に向けて、デジタル技術の活用が明確に位置づけられました。資料のデジタルアーカイブ化やオンライン発信、来館者管理の高度化などが推奨され、DXは単なる選択肢ではなく、今後の美術館経営に欠かせない要件となりつつあります。

法的な後押しがあることで、各施設は取り組みを加速させやすい環境が整えられています。

国の戦略や文化政策との連動

さらに、国のデジタル戦略や文化政策のなかでも、美術館DXは重要なテーマとされています。文化庁や文部科学省は、地域文化資源のデジタル化や教育現場との連携を進めており、美術館がその担い手として期待されています。観光立国を目指す政策とも結びつき、インバウンド需要への対応や多言語デジタルガイドの提供など、国際的な文化交流を支える基盤としてもDXは注目されています。

美術館DXのメリット

DXに取り組むことで、美術館は運営上の課題解決だけでなく、新しい可能性を切り開くことができます。業務効率化や資料保存の強化といった実務的な側面から、来館者体験の向上や新たな収益機会の創出まで、多様なメリットが期待されます。

以下では、具体的にどのような利点があるのかを詳しく見ていきましょう。

業務効率化と人手不足解消

DXを導入することで、チケット発行や来館者の受付、入館管理といった定型業務を自動化でき、スタッフの負担を大幅に軽減できます。

これにより、人手不足の解消や限られた人員をより付加価値の高い業務に充てることが可能になります。事務処理の効率化は、来館者へのサービス向上にも直結します。

資料保存性の向上と災害リスク対策

貴重な美術品や資料は、光や湿度による劣化が避けられず、長期保存に課題があります。DXにより高精細なデジタルアーカイブを作成しておけば、原本の保存状態を維持しながら、研究や展示に活用することができます。また、デジタルデータはクラウドや外部サーバーに保管できるため、火災・地震・水害などの災害リスクにも備えられます。

災害大国である日本において、資料のデジタル保存は文化財保護の観点からも重要性を増しています。

データ活用による企画改善とリピーター増加

DXによって収集できる来館者データは、単なる入館者数の把握にとどまりません。来館者属性や訪問時間帯、人気の展示エリア、チケット購入経路といった情報を可視化できるため、より精度の高い分析が可能となります。

たとえば、平日昼間に訪れる層に合わせたワークショップを企画したり、人気展示に合わせて関連グッズを販売したりと、データを基にした施策を打つことで来館者満足度を高められます。

結果としてリピーターが増え、地域に根差した美術館運営につながります。

新たな収益機会や運営モデルの創出

DXは美術館に新しい収益源をもたらします。オンライン展覧会を配信することで遠方からでも鑑賞できるようになり、来館できない層からの収益が期待できます。また、デジタル会員制度やバーチャルグッズ販売、寄付プラットフォームの導入など、これまでにない運営モデルを展開することも可能です。

リアルとデジタルを組み合わせることで、従来の「入館料に依存する運営」から脱却し、多様な収益基盤を確立できる点は大きなメリットです。

他施設・教育機関との連携強化

DXによって美術館同士や大学・学校との連携も容易になります。

たとえば、複数の館が所蔵する資料をオンラインで一元的に公開する共同アーカイブの構築や、教育現場と連携したデジタル教材の開発などが挙げられます。これにより、地理的な制約を超えて学びの機会を広げられるほか、地域文化の発信力強化にもつながります。

オンライン上での共同展示や研究交流が進めば、美術館は地域社会や教育分野にとって一層重要な役割を担えるようになります。

美術館DXの事例

実際にDXを導入している美術館では、来館者サービスや広報活動に大きな変化が生まれています。予約・チケットのデジタル化やアーカイブ公開、VRを活用した鑑賞体験など、その取り組みは多岐にわたります。

ここでは、国内外の美術館で見られる代表的な事例を紹介します。

予約・チケットシステムのデジタル化

多くの美術館で進んでいるのが、予約やチケット販売のオンライン化です。来館者は事前にスマートフォンやPCからチケットを購入でき、QRコードを入館時にかざすだけでスムーズに入館できます。これにより、窓口での混雑を緩和できるだけでなく、利用者情報を収集して再来館の促進やマーケティングにも活かせます。

近年は日時指定制を導入する館も増えており、混雑緩和や安全な鑑賞環境の提供にも役立っています。

デジタルアーカイブ・非公開資料の公開

収蔵作品を高精細にデジタル撮影してアーカイブ化し、インターネット上で公開する取り組みも広がっています。来館者が限られる地方館や、普段は展示できない貴重資料をオンラインで見られるようにすることで、新たな鑑賞機会を創出できます。

さらに、研究者や教育機関との連携も容易になり、学術的価値の共有や地域文化の発信力強化につながっています。

VRやオンライン展覧会による鑑賞体験

パンデミック以降、VRやオンライン展覧会の需要は急速に高まりました。360度カメラや3D技術を活用することで、自宅からでも展示空間を歩いているような臨場感ある鑑賞が可能となります。リアルの来館が難しい層にもアプローチでき、海外からの関心を集める事例も増えています。

オンライン配信を通じた寄付やグッズ販売を組み合わせれば、新しい収益モデルの開拓にもつながります。

デジタルガイドやオンライン対話型鑑賞

館内ではスマートフォンやタブレットを活用したデジタルガイドの導入が進んでいます。音声解説や多言語対応はもちろん、AR（拡張現実）を用いた展示解説や来館者参加型のクイズなど、体験価値を高める仕組みが増えています。

さらに、オンラインで解説者と参加者をつなぎ、双方向で鑑賞を深める「オンライン対話型鑑賞」も教育現場や地域住民向けに導入されており、リアルとデジタルを組み合わせた新しい学びの形を実現しています。

SNSやデジタルコンテンツを活用した広報・集客

SNSを活用した情報発信も美術館DXの代表的な事例です。展示開始前からティザー動画を公開したり、学芸員による作品解説をライブ配信したりすることで、来館前から興味を喚起できます。

さらに、来館者が館内で撮影した写真をSNSに投稿することで拡散効果が生まれ、若年層や海外からの集客にもつながります。動画やポッドキャストといったデジタルコンテンツを提供する館も増え、来館者との接点をリアルにとどめない取り組みが進んでいます。

美術館DXの進め方

美術館DXを実現するには、闇雲にシステムを導入するのではなく、段階を踏んで進めることが重要です。現状の課題を把握し、小さく始めながら、関係者を巻き込み、継続的に改善していくことが成功の鍵となります。

以下に、具体的な進め方のステップを整理します。

現状把握と課題整理、目標設定

DXを始める際には、まず自館の現状を客観的に把握することが不可欠です。

来館者数の推移、運営体制、収益モデル、保存資料の状況などを整理し、「どの業務が非効率か」「どの領域をデジタル化すれば効果的か」を明確にします。その上で「混雑を緩和したい」「利用者データを活用したい」「資料を将来に残したい」といった具体的な目標を設定することが成功の第一歩となります。

スモールスタートでの導入

大規模なシステム導入や全面的な改革は、多大なコストやリスクを伴います。そのため、まずは予約管理やチケット発行など、効果がわかりやすい領域から導入する「スモールスタート」が現実的です。

小規模な成功事例を積み重ねることで、関係者の理解や予算確保が得やすくなり、段階的にDXを拡大していけます。

関係者を巻き込んだ体制づくり

美術館DXは、学芸員や事務局スタッフだけでなく、館長、自治体、ボランティア、外部パートナーなど多様な関係者を巻き込む必要があります。現場の声を反映しながら進めることで実用性の高い仕組みが構築でき、関係者全体でDXを推進する体制を作ることができます。

また、地域住民や利用者への丁寧な説明も、受け入れられるDXには欠かせません。

権利処理・セキュリティ・ガバナンス整備

美術館が取り扱う作品や資料には、著作権や肖像権など複雑な権利関係が絡む場合があります。デジタル公開やオンライン配信を行う際には、適切な権利処理が必須です。また、来館者データを扱ううえでは、個人情報保護やサイバーセキュリティ対策も欠かせません。

デジタル化の恩恵を享受するためには、ガバナンスの整備とリスク管理が土台となります。

PDCAサイクルを意識した改善

DXは一度システムを導入すれば終わりではなく、継続的な改善が求められます。導入後は効果測定を行い、「来館者満足度は上がったか」「業務効率は改善したか」といった指標を検証します。その結果を次の施策に反映させることで、DXの質が高まり、組織文化として根付いていきます。

小さな改善を積み重ねていくことが、美術館DXを成功に導く鍵となります。

美術館DXを成功させるためのポイント

DXは導入するだけで成果が出るわけではありません。利用者のニーズを起点に設計し、デジタル人材や協力体制を整え、効率化と体験価値向上の両面で活用してこそ効果を発揮します。

ここでは、美術館DXを継続的に成功させるためのポイントを解説します。

DXの目的と利用者ニーズを意識する

DXの導入自体が目的化してしまうと、本来の成果につながりません。大切なのは「利用者にとってどのような価値を提供するか」を明確にすることです。

たとえば「待ち時間を減らして快適に入館できるようにする」「多言語対応で海外からの来館者に配慮する」など、利用者のニーズを出発点に設計することで、DXは自然と成果を生み出します。

デジタル人材の確保と育成

美術館の現場では、学芸員や事務スタッフが中心となることが多く、必ずしもデジタルに精通しているわけではありません。そのため、外部のITベンダーや専門家の協力を得ることはもちろん、内部人材のスキルアップも不可欠です。

小さなプロジェクトを通じてスタッフがデジタルに慣れる仕組みを作ることで、持続的にDXを推進できる体制を育てることができます。

社内外の協力体制を整える

美術館DXは一部の担当者だけで進められるものではなく、館全体、さらには自治体や地域住民、外部パートナーといった幅広い関係者との協力が必要です。特に自治体や文化庁の補助金を活用する場合には、行政との連携が成功の鍵を握ります。

社内外の関係者が同じ方向を向けるよう、ビジョンを共有しながら進めることが重要です。

技術を「効率化」と「体験価値向上」の両輪で使う

DXの活用は、業務の効率化と来館者体験の向上のどちらか一方に偏ってしまうと効果が限定的になります。受付やチケット業務を自動化する一方で、VR展示やデジタルガイドによって来館者の鑑賞体験を高めるなど、両輪で取り組むことが理想です。

効率化で浮いたリソースを体験価値向上に回すことで、来館者満足度と運営の持続性を同時に実現できます。

美術館DXを進めるならまずはチケット販売をデジタル化しよう

DXを進める際、最初の一歩として最も効果を実感しやすいのがチケット販売のデジタル化です。オンライン予約やQRコードによる入館管理を導入すれば、窓口の混雑を解消できるだけでなく、来館者データを活用したマーケティングや混雑予測も可能になります。また、日時指定制や事前決済を組み合わせれば、スムーズな入館体験を提供できるだけでなく、運営側の負担軽減にもつながります。

とくに中小規模の美術館では、限られた人員で効率的に運営する必要があり、チケットシステムの導入は大きな助けとなります。予約管理や当日券発行を一元的に扱える仕組みを整えることで、職員はより創造的な業務に集中でき、来館者にとっても快適な体験が実現できます。

美術館DXを着実に進めたいと考えているなら、まずは導入効果が分かりやすく、利用者の満足度向上にも直結する「チケット販売のデジタル化」から取り組むことをおすすめします。「らくらく入場管理サービスHINORI」のようなチケット発行・予約管理に特化したツールを活用すれば、DXの第一歩をスムーズに踏み出せるでしょう。

まとめ

美術館DXは単なるデジタル化ではなく、業務効率化や人材不足の解消、資料保存や災害対策、さらには新たな収益モデルの創出や地域との連携強化といった多方面にメリットをもたらします。社会全体のデジタル化や法改正、国の文化政策といった背景を踏まえると、今後DXは美術館運営に欠かせない取り組みとなるでしょう。

その実現には、利用者ニーズを意識した目的設定、段階的な導入、関係者を巻き込んだ体制づくりが重要です。そして、最初の一歩としてチケット販売のデジタル化に取り組むことが、効率化と体験価値向上の両立を実現する近道となります。

HINORIを活用すれば、チケット発行や予約管理の効率化をすぐに実現でき、美術館DXの取り組みを力強く後押しします。DXの第一歩を踏み出すパートナーとして、ぜひ導入を検討してみてください。